中国指導部の自信と危機感 8

この間、経済政策面では「趙紫陽なき趙紫陽路線」が、90年暮れから着実に復活しているのも現実です。


上海では、株式市場が公設されました。


日米留学で近代経済学や商法といった資本主義を研究した博士クラスの若手の音頭で、全国の証券公司とオンライン取引できるシステムも北京で動きはじめました。


趙紫陽路線のシンボルの郷鎮企業と「沿海地区経済発展戦略」も本来の面目を回復してきています。


古都西安では、賭博性は薄いとはいえ1等カラーテレビないし2000元(平均月収の10倍に相当。1元は約25円)の懸賞付き競馬も月2回のペースで始まりました。


地元のテレビ局(陳西省電視台)が生中継まで行い、1枚1元、10万枚の「馬券」はたちまちさばけています。

また、市場経済への切り替えに欠かせない価格改革は、消費財だけでなく基礎的な原材料でも始まろうとしていました。

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